2019年4月、東京・池袋で高齢運転者による死者2名を出した重大事故は全国に大きなインパクトを与え、まるで「全ての高齢者の運転は悪である」かのような風潮を作り出した。
そしてその後、世間にせっつかれるように高齢者の免許返納が加速した。
免許返納者は、現在は40万人程度だが、2027年には100万人に達し、その後も年々増加していくという。
しかし、ひとつ押さえておかなければならない事実は、交通事故自体は年々減少しており、高齢者の死亡事故も件数は増えていない。
そして、この高齢者の免許返納の大合唱の中で、私たちが見落としているのが、「人はなぜクルマを運転しているのか、運転をやめたらどうなるのか」という当たり前の視点である。この答えは簡単だ。現代人は、特に田舎の生活は、クルマを運転しなければ成り立たないからである。
にもかかわらず、免許返納を叫ぶだけで、その後の生活をどう維持していくのかという選択肢も受け皿もないし、議論すらも乏しい。
しかし、本書に書かれているように、高齢者の免許返納は「引きこもり」や「老い」を加速することにもつながるし、筑波大学の研究では、要介護認定のリスクは2倍にもなると言う。伊那市の元市議さんの「自由な足の確保こそ人生を全うするカギ」という言葉が説得力を持つ。
そもそも公共交通の充実した都会で暮らす人にはイメージがわかないかもしれないが、田舎での生活は完全にクルマ依存となっている。
国交省の調査では、地方では前期高齢者の70%、後期高齢者の56%が、生活の移動はクルマだということである。ちなみに鉄道は1.3〜1.7%、バスは1.9〜3.1%というのだから、いかにクルマに頼った生活かということがわかる。公共交通で移動する人は、田舎では今やほとんどいないのだ。
この数字は、5万人以上の市町を対象としているが、それ以下の小さな町村では、さらにクルマ依存は深まる。
では田舎で、クルマを運転しない人はどうしているのか。
同じ国交相の調査では、クルマを持たない高齢者の移動手段が、人にクルマで送迎してもらうこと・・・つまり「家族タクシー」に頼っている人の割合が、前期高齢者では26%、後期高齢者では32%とかなりの割合を占めている。
公共交通が貧弱化しているので仕方ないのだ。
日本全国のバスの路線は7割が赤字。2007年以降、1万3991キロの路線が廃止されていて、これは全路線の3.5%に当たる。
なので、度々(数日に一度とか)、別に住む子どもがやってきて、スーパーや病院や銀行まで送っていくという方法に頼らざるを得ないのである。
しかし、そんな「家族タクシー」の当事者たちは、必ずしも機嫌良くことを成しているのでもないことがわかっている。
これは私たちの移動スーパーのお客様探しの歩きの中でも実感していることと一致している。
すなわち、家族タクシーの被送迎者(おじいちゃんおばあちゃん)のうち51%、送迎者(運転者)の38%が何らかのストレスを感じているというのである。
中でも「時間の拘束」が最大のストレスとなっている。つまり、高齢者の側は、毎回頼むことに引け目を感じるし、送迎者の方も、平日は仕事でグッタリと疲れている上に、日曜日は毎週、親の送迎で半日が潰れるというような状況の中で、いつもいつも上機嫌というわけにもいかないのが現実なのだ。
また、送ってもらったら何らかの御礼(子の買い物分も支払いする等)をしている人も40%いることがわかっていて、これもストレスの原因となっている。
この状況は、引いては介護離職なども引き起こし、ただでさえ少なくなっている日本全体の生産人口の減少等、大きな社会問題へと繋がってくるのである。
本書では、こういう「移動貧困社会」への処方箋として、さまざまな試みやテクノロジーの進化が紹介されている。
まずは「自動運転」。
永平寺市などでは、ゴルフカートをベースとした自動運転車を、電磁誘導線の上を走らせるというサービスが実用化されている。
他にも各地で実験的な試みが始まっているが、未だ収支の持続可能性がともなう事業化への道は遠いようである。
本書の大部分を割いているのが、自転車やスローモビリティ(電動車イスなど)の積極的導入だ。これは道路や町づくりとセットで今後の都市政策の柱となっていく(しなければならない)だろう。
ただ、私の関心の中心である、田舎(中山間地・過疎地)の買い物難民対策としては今ひとつ明るいものとは言いにくい。
大きな国策としては、昨今、フィンランド発祥の「Maas(モビリティ・アズ・ア・サービス)」ということが言われている。
これは、鉄道、バス、タクシー、スローモビリティ、シェア自転車などの移動手段を「一つのプラットホーム」として、アプリなどを利用し、効率的なルートや一括決済などが可能となる新しい仕組みである。
他にも、ドローン宅配も徐々に実用化されてきているし、宅配ロボットなど最新の技術も着々と進んでいることが紹介されている。
本書のもう一つの主眼はサブタイトルにもある「免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット」である。
つまり、家族タクシーなど、移動貧困社会のソリューションに、2030年までに新たに「3兆円規模」のマーケットが、ブルーオーシャンとして生まれるというのだ。
確かに我々の「移動スーパーとくし丸」などはその最たるものだろう。
私はこのブルーオーシャンのブルーは「憂える社会問題」という意味で「ブルー(憂える)オーシャン」だと考えている。
願わくば、そこに参入するのは、儲けだけを追求するギラギラとした資本や企業でなく、社会貢献の志に燃えたソーシャルビジネスカンパニー(ピープル)であって欲しいと思う。(了)